5コマでわかる食べ方のキホン

良いお店の素敵な店主

第2回Cheval de Hyotan (シュヴァル・ド・ヒョータン)

2016/05/27

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よく通っているお店の店主さんってどんな人か知っていますか? 今までどのような道を歩んできたのか、どうやってセンスを培ってきたのか、 そして、どんな想いでお店をやっているのか。「人に歴史あり」なんです。 ここでは、普段聞くことのできない素敵な店の店主さんに焦点をあてます。 最後に、登場いただいたお店の店主さんに「大切な人を連れて行きたいお店」を教えてもらい、リレー形式で紹介していきます。素敵な人は素敵なお店を知ってるんです。
前回、登場していただいた+Café店主、岩間さんが内装を手がけたフレンチレストランCheval de Hyotan(シュヴァル・ド・ヒョータン)におじゃましました。店名はことわざ「ひょうたんからこま」を、フランス語と日本語を組み合わせたもの。ユニークな名前のフレンチレストランCheval de Hyotan店主・川副さんに、ご自身のこと、お店のことなどを聞いてきました。

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ー池袋駅西口から10分歩くだけで、雰囲気ががらりと変わりますね。
この辺りは閑静な住宅街で、穏やかな空気感のところなんですよ。僕、今はゆっくり話すんですが、金融業界にいたのでものすごく早口だったんです。ばーーっと話してしまったら、言ってくださいね。

ー金融! 今のお仕事とは全く違う世界ですね。まずは金融の道に進んだきっかけを教えてもらえますか?
以前は、外資系金融機関で外国為替のブローカーとして働いていました。高校2年の時に、1年間交換留学のつもりでカリフォルニア州の高校へ留学。その時、テニスをしていて、コーチが「来年はどうするの? うちに下宿すれば?」と誘ってくれたので、「いいかな」と思い、そのまま向こうの高校を卒業しました。日本の大学も考えたのですが、せっかくなのでカリフォルニア州の州立大学に進学し、ファイナンスを専攻。なんとなく将来につながりそうかなと思い選びました。その後、就職先を探すとき、ちょうど日本がバブルだったということもあり、金融系の会社の合同説明会を、飛行機代を出してくれるっていうので、日本に面接しにきました。学生だったんで、帰省もできるし、ちょうどいいやと思って気楽な気持ちで受けましたね(笑)。

 —そうして金融の道に進んだんですね。
最初に入った会社は、金融のエキスパートが集まっている会社で、社員の半数が外国人。毎日NYやロンドンと取引をするという、すごくエキサイティングな日々で、楽しかったですね。見てないんですけど、きっとレオナルド・ディカプリオ主演の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』やブラッド・ピットが出演している映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』みたいな感じだと思います。 まさに0.1秒の違いで数百万ドル(数億円!)という金額が変わってしまう世界。瞬時に対応しなくてはならないし、お客さんが納得するような説明をしなきゃならなかったんです。僕はスポーツ選手と同じだと思っています。いいパフォーマンスをして、いろんなチーム(会社)でプレー(仕事)する。僕だけ移籍することもあれば、プロジェクトチーム丸ごと引き抜かれるなんてこともあったんですよ。

—川副さんも何度かそのような経験をされたのですか?
2度ほどありましたね。日本の会社と違い、引き継ぎなどなく「明日から違う会社に勤務するので、ここへは来ません」みたいなことが普通。最初に僕がチーム丸ごと引き抜かれたのは、2社目の会社にいるとき。30歳の時に転職した会社で、プロ意識が出てきたころです。 そして、ちょうどこの会社にいたときに、大きな出来事もありましたね。2001年の9.11テロ。僕のいた会社はワールド・トレード・センタービルにあったんです。多くの同僚・友人たちが犠牲になりました。同じセクションの日本人社員のひとりも失いました。このとき、もしかして人ってある程度運命というのがあるのかな……と思いましたね。自分たちではコントロールできないことがこの世の中にあるのかなっと。

—9.11の経験が仕事への意識が変わるひとつのターニングポイントになったと?
そうですね、残された僕たちはもっとがんばらなきゃなと思いましたね。さらに一生懸命取り組むようになり、そうしたら前の会社から戻ってこないかと声がかかりました。9.11の経験や遺族に対する会社の対応でちょっと思うことがあったので、前にいた会社に戻ることにしました。その後、2005年からリーマンショック前までは一番働きましたね。時代はちょうど金融バブルで、見えないモノを架空の世界で取引していました。まさに虚像の世界。この頃から、そろそろちょっとおかしいなと気づいてて、なんか違うなと思い始めたときでしたね。そして、最後の転職をしたのが、2008年の暮れ。リーマンショック後にチーム丸ごと引き抜かれました。最後の会社だと思い転職しました。

—どうして最後の会社にしようと思ったのですか?
良いタイミングで後を任せられる後輩たちもできました。それに、体力や集中力が衰えてくるし、これ以上自分の成長も望めないかなと思うところもあり、そろそろ新しいことはじめなきゃとも考えていましたところでした。時を同じくにして、奥さんがOLを辞めて、フランス料理学校「Le Cordon Bleu」で勉強をはじめ、主席で卒業したんです。その後、彼女がいくつか都内のフレンチレストランで勤めたりして。僕もワインの勉強をはじめ、ふたりでレストラン開業という新たな道を歩み始めました。

ー心境の変化など、影響を受けた人や出来事などありましたか?
最初の会社の保養所があったのがきっかけで、20代後半くらいから、千葉県南房総市千倉に通うようになったんです。90年代半ばは、アクセスも不便だしなにもなかった場所なんですが、ポツンとステキなカフェがあって、そこのマスターがとてもかっこよかったんです。僕がいたのはリアルにマネーというか、欲の取り巻く世界だったので、そこで出会った人たちがすごくステキで惹かれましたね。物欲などが抜け落ちた自然体な感じも憧れました。こういう生活ってすてきだな、いつかこっちに住むのもいいかな〜と思っていました。

—千倉での出会いがなければ、今の川副さんはないというくらい、大切な出会いだったんですね。
もともと金融って職業は、世の中の潤滑油になって、世の中が潤って、経済が発展して、みんなが幸せになる。そのようなことのはずだったのが、違う方向に進んでいたのは否めないと思っていたので、お金という世界じゃないところに行ってみたいなと考えていました。千倉ってほんとにリラックスできるいい街なんです。新しい世界に飛び込むって話をしたときもあたたかい声をかけてくれました。彼らといると、自分らしい自分になれる。

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店内にはヒョータンモチーフのものがさりげなく飾られている

—そして2012年にCheval de Hyotanをオープンされたのですね。池袋を選んだ理由は?
自宅から近いエリアがよかったのと、ライバルが少ない方がいいかなと思って(笑)。それと、この店のある通り(西池袋通り)は、3.11のあった2011年3月に開通したんです。なんでも自粛モードだったあの時期に、オープンしたこの道路に「これから」を感じたんです。未来への可能性というか。ここへ来るまでに何か気が付きませんでした?

—えっと、すごくキレイな道路だな〜と思いましたけど。。。 
この道路、電柱がないんです。だからすごく空が広く感じられるんです。それと歩道の広さも広めで、店と車道の距離が結構あるので、都道沿いにあるにもかかわらず圧迫感がないんですよ。

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—たしかに! 最後に、今まで、そして、これからも大切にしている「想い」を教えていただけますか?
「自分よし、相手よし、世間よし」の「三方よし」の精神を大切にしています。うちのお店の厨房はすべて女性なんです。料理の世界はまだまだ男社会。働く女性のお手伝いができたらいいなと思っています。また、地域に根づいたお店でありたいですね。池袋って混沌とした街でおもしろいので、文化的な発展のお手伝いができたらいいですね。この通りにもいろんなお店ができて、数年後「あのときはヒョータンしかなかったよね」と言われたらうれしいです。

ありがとうございました!次回は川副さんが大切な人を連れて行きたいお店を紹介します。川副さんがステキな出会いをした場所にあるお店です。

SHOP INFO
名前:Cheval de Hyotan (シュヴァル・ド・ヒョータン)
住所:東京都豊島区西池袋3-5-7 ウィルコート1F(池袋南口より徒歩6分)
電話:03-5953-3430
営業:ランチタイム11:30〜13:30(L.O.)
ディナータイム 18:00 〜23:00(Food L.O. 21:00 / Drink L.O. 22:00)
定休日:水・第3火
Web:cdhyotan.com

この記事を書いた人
高橋 佑佳