5コマでわかる食べ方のキホン

映画みたいなデートがしたい

第1回 喫茶銀座 −『ノルウェイの森』

2016/07/01

まるで映画みたいに、とびきりロマンチックなデートがしたい。洒落たお店で、美しいヒロインと、大人の会話を交わしたい。アクション映画やサスペンス映画には目もくれず、気がつけば僕は恋愛モノの映画ばかりを観続ける大人になっていた。ありきたりな夢を捨てきれないまま、もうすぐ25歳。現実の恋愛はいつだって、映画のようにうまくはいかない。だからこそスクリーンの中の恋愛模様は、まるで魔法のように美しく見える。お洒落なデート・シーンは僕の憧れそのものだった。

たとえどんなにストーリーが退屈でも、デート・シーンが素敵な映画は間違いなく名作だ。想像してみてほしい。もしも映画監督になって、デートの場面を撮るとしたら。きっとあなたが想像しうる限りの、とっておきの素敵なお店に、これから恋に落ちるふたりを連れていくのではないだろうか。

トラン・アン・ユン監督の映画『ノルウェイの森』(2010年)は、村上春樹の大ヒット小説「ノルウェイの森」を、流麗なカメラワークによって映像化した作品だ。公開当初の期待とは裏腹に、興行的には成功とはいかなかったが、主人公・ワタナベ(松山ケンイチ)とヒロイン・直子(菊池凛子)の二人が繰り広げるデート・シーンは思わず息を飲むほどの美しさだった。

ワタナベの親友でもあり、直子の恋人でもあったキズキ(高良健吾)の死後、それぞれに故郷を離れたふたりは偶然、東京で再会を果たす。公園の中を静かに歩き、ぽつりぽつりと会話を交わすワタナベと直子。しばらくすると画面は切り替わり、カメラはとある喫茶店の店内を捉える。ワインレッドを基調とした、シックな内装。華やかだが、落ち着いた雰囲気のお店だ。椅子に座った直子の背後に置かれたショーケースには、パフェやバニラアイスの食品サンプルと、ガラスの置物が並んでいた。

「おどろいたでしょう。」

直子は静かに笑う。彼女の表情を映した画面の下部には、グラスに刺さったストローだけが映り込んでいるが、何を飲んでいるのかは読み取れない。

「電話かけてもいい?今度の土曜日」

直子がかすれた声で尋ねる。

ワタナベはトーストをかじり、スマートに返答する。

「もちろん」

時間にして、わずか10秒の短いカット。しかし、原作の洗練された作品世界を象徴する、淡く美しいデート・シーンだった。

 

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このシーンの舞台となった「喫茶銀座」は、恵比寿駅からほど近い路地の角にある。ワタナベと直子が歩いた駒込の六義園からは、電車でおよそ30分。仕事を終えたある日の夜、僕はひとりで店を訪れ、窓際の席に腰掛けた。

あのシーンで、直子は何を飲んでいたのだろうか。10分ほど頭を悩ませ、僕は二人ぶんのドリンクと、ホットサンドウィッチを注文した。店内は仕事を終えたサラリーマンや、デート帰りの若いカップルで賑わっている。ロマンチックな雰囲気のなかで妄想に浸っていると、先に僕が注文したジントニックが運ばれてきた。
しばらくして、誰もいないテーブルの対面にトマトジュースが置かれる。

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彼女はトマトジュースを飲んでいたはずだ。

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ハンバーグと目玉焼きが挟まったホットサンドウィッチは、ふたりで食べるにはちょうどいいボリューム。店内の薄暗い照明は、大人の素敵なデート・シーンにぴったりだ。

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劇中で直子の背後に映っていたショーケースは、別の場所に置かれていた。

恋愛はいつだって映画のようにはいかないものだ。隣の席でおしゃべりをしていた婦人たちがこちらを一瞥し、首を傾げる。

僕は松山ケンイチじゃない。

オトナの夜を存分に味わい、ひとりで席を立った。

素敵な時間をありがとう、直子。

またいつか、「喫茶銀座」で会おう。

 

 

おわり

この記事を書いた人
山本 大樹

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